第20回 歌と食道発声


食道発声で、歌を歌うということにはどのような意味があるでしょうか。まず、歌と普通の話とどこが違うか考えてみますと、第一に歌のほうが呼気が長く続かなければなりません。とくに子音+母音から出来ている個々の音の、母音部分が引き伸ばされることになります。さらに、歌にはメロディがなければなりません。つまり、声の高さの変化幅が、話している時の声より広くなるのが普通です。もちろん高さの変化の程度は歌の種類によって違ってきますが、変化の幅が拡がると同時に変化の速さも速くなってくることが多いと考えられます。


これらの要素は食道発声にとって決して易しい課題とはいえず、なかなか克服できないものです。しかし、練習の最初の段階で、比較的変化幅の小さい曲から練習していくことによって、声の持続時間を延ばすこと(これは母音部分をゆっくり長めに歌うことに相当します)、高さの変化のコツを身につけること(これは、食道入口部付近の緊張状態や、吐く息の強さの調節とも関係するもので、普通の会話時のアクセント調節にも役立ちます)、などが出来るようになっていくことが期待されます。従って最初の歌としては小学校唱歌などが最適で、「日の丸(白地に赤く・・・・)」「春の小川(春の小川はさらさらいくよ・・・」あるいは「故郷(うさぎ追いし・・・)」など、あまり音域の広くない歌から始めるとよいでしょう。この場合、決して大きい声を出そうとする必要はありません。


前にも述べたことがありますが、銀鈴会の上級以上の方の話し声の高さは従来食道発声の平均的な値として報告されているものよりもやや高い傾向があり、さらに指導員クラスでは、1オクターブに近い高さの変化を実現することが出来る方もいます。いずれにしても、歌うときには、母音を引き伸ばし気味にゆっくり歌うことのほか、個々の音の最初に来る子音をはっきり出すことも練習として重要で、全体としてみると各音について、口を十分に開き、舌の位置を確かめるようにして歌うことが望まれます。もちろん慣れてくれば、いろいろな曲を含むカラオケに挑戦していくのも、発声時の息の調節をさらに上手にしていくためにも有意義でしょう。声を続ける長さ、すなわち発声持続時間は食道発声の場合2秒間が一つの目安で、まずこの長さを獲得して歌に使うようにしたいものです。歌全体として見た場合、歌の途中で、ある程度途切れ途切れになっても一向にかまいません。中級の段階で、長音の練習を十分に行っておくと、以後の歌の練習に有利であることはいうまでもありません。


また、歌は腹式呼吸の練習にも有効で、常に腹部を意識して腹から声を出すという気持ちで歌うと、安定した食道発声を獲得する一助となると考えられます。


第19回 ことばの明瞭度     第21回 ビバボイスについて