第19回 ことばの明瞭度


前回の解説で、ことばの明瞭度について述べましたが、明瞭度を具体的に評価するには、一人ひとりの発音を録音して、それを後から再生しながら複数の人に聴いてもらい、どう聞こえたかを判定するという方法がとられます。録音する材料としては、日本語のカナを1文字ずつ順序不同に読んでもらう場合もありますし、いろいろな単語を読んでもらうこともあります。一般的には単語の方が聞いてみて何を言ったかが判りやすいのですが、それは途中の1音くらい聞こえなくても周りの音が聞き取れれば、それから類推して何という単語か判定できるからです。これに対してカナ1文字(拍あるいは音節に相当する)では、それが聞き取れなければそこで終わりとなってしまいます。なお、こうした録音データを聴いて判定するメンバーとしては、ことばの治療や訓練に関係がある言語聴覚士などは却って不向きであって、全く普通の人、例えば学生などが最適です。これはことばについての知識があると、ごく少し聞こえた情報からでも、ことばの音の種類を判定してしまうために、却って正確な明瞭度が得られにくいという理由からです。


これまでの研究の結果から、母音は比較的正しく聞き取られることがわかっていますが、子音、とくに無声子音(日本語の澄んだ音)は話し手(食道発声者)が意図したとおりに聞き取られないことが少なくありません。とくに話す方でも出しにくいと感じられる「ハ行」の音などでは、正しく聞き取られる確立は非常に低く、語尾の母音だけが聞こえる例が多くなります(つまり「ハ」が「ア」と聞かれ、「ヒ」が「イ」と聞かれる)。また、無声子音がそれと対応する有声子音に聞こえること、たとえば「パ行」が「バ行」、「タ行」が「ダ行」、「カ行」が「ガ行」に聞き取られる場合も目立ちます。このほか、日本語で鼻に抜ける音(鼻音)である「マ行」の音が、鼻に抜けない「バ行、パ行」になり、「ナ行」が「ダ行」に聞こえてしまうこともあります。このような聞き違い(誤聴)があっても、銀鈴会で、上級クラスを"卒業"したメンバーで構成される声友クラブのメンバーなどについて調べた結果では、文章であれば90%以上、正しく聞き取られたことが報告されています。


このように食道発声が正しく、あるいは発声した人が意図した通りに、聞き取られないのは、例えば上にも述べた「ハ行」のように、健常者の場合には喉頭のところでかなりの空気を使って出す音(声帯の間を気流が通過するときの摩擦音)が、食道発声者では十分な空気がなく新声門部で摩擦音を作りにくいためにうまく出せない、という場合があります。これは、いわば食道発声の宿命ともいうべきもので、前後の音のつながりで補ったり、似たような音で代用したりするほか、なかなか解決策がないものです。このほか、気管孔から息が漏れて、その気流で生じる雑音のために、口から出す食道発声音が聞きづらくなることもあります。また、同じ一人の食道発声者でも、体調の変化や、新声門部の一時的な変化によって音の状態が変動して音の性質の予測がつきにくくなることもあります。さらに、こうした変動の一因として、続けて話している際に食道からの呼気量が必ずしも安定しないことも指摘されており、この意味でも、余り無理して一声で長く話そうとするのは得策でないことがわかります。上に述べたように、食道発声でも、一つひとつの単語や、文章の場合には正確に聞き取られる場合が多いわけですから、食道からの空気量に限界があることを自覚して、余り長くならないように適切なところで文を区切り、ゆっくり話すことによって意味を正しく伝えるように心がけることが大切です。いずれにしても、いつも安定した発声を保つことをめざして練習を続けていただきたいと考えています。


  第18回 ことばの音の種類と明瞭度      第20回 歌と食道発声