第21回 ビバボイスについて


日喉連では、携帯用の拡声装置としてビバボイスの使用を勧めています。この装置は、1994年から5年間、通産省(当時)工業技術院が主導した医療福祉機器研究開発プロジェクトの一環として、アシダ音響、松下電器産業、ティアックの3社が共同開発したもので、開発にあたっては、これら3社の担当技術者に複数の工学者、医師、言語聴覚士および当時銀鈴会会長であった中村正司氏などが加わって構成された研究委員会が頻回に開催されて検討が続けられました。当初は食道発声で出された声にデジタル信号処理を施すことによって一種の人工合成音声を作り、声の音質を向上させることを目的としていました。しかし、検討を進めるうちに、食道発声そのものが音としてかなり不安定な性質を持っているために、リアルタイムに近い速さで音質向上を実現すること(つまり器械に取り入れた声を、間髪を入れずに良い声にすること)は非常に難しいと考えられました。1999年には試作機が作られたのですが、その時点で、必ずしも音質を変化させなくても食道発声の音量を上げるだけで明瞭度を高めることが可能であると判断されました。そこで、実用化にあたっては、まず携帯できる程度の手頃な大きさと価格の範囲で、音量を大きくすることを第一条件とする方針となったのです。その結果、プロジェクトの終了時には、男性の胸ポケットに入る程度で、特別に設計された増幅器とスピーカ(2個)を備え、万年筆くらいの手持ちマイクロホンのついた拡声装置が完成されました。一般に小型の拡声装置では、マイクロホンと器械本体が近いために、いわゆるハウリング(音の唸り)が起こりがちですが、この器械ではそうした欠点を極力排除するような工夫がされました。


銀鈴会では、この器械を普及させるように会として頒布を引き受けています。この器械の使用に当たっては、マイクロホンを口元に近づけて話すことが大切で、また上述のハウリングを避けるために、マイクロホンを器械本体から少し離してからスイッチを入れ、その後も余り本体にマイクロホンを近づけないように注意すべきです。


現段階では、この器械はあくまで"拡声装置"であり声の質を変えるものではありません。従って食道発声を上手にさせるものではなく、単に声を大きくする道具と理解する必要があります。別の言い方をすれば、この器械の最大の特徴は、小声で話してもかなりの音量が得られる点にあります。これまでの観察から、無理に大きな声を出そうとすると、却って食道発声の明瞭性が損なわれる、つまり話の内容がわかりにくくなる場合が多いことが知られています。ビバボイスを使えば小さい声が拡声されるので、敢えて大きい声を出す必要がなくなります。従ってビバボイスは、小さい声で、はっきり話すという習慣を身につけるために極めて有効な器械として活用するべきでしょう。本来、食道発声の練習にあたって最も重要なことは話の明瞭性を高めることにあるのです。そういう原点に戻って練習するためにこの器械を利用していきたいものです。


繰り返しになりますが、ビバボイスは、決して食道発声の獲得を早めるための器械ではあありません。まず基本的な練習を重ね、とにかく食道発声が出せるようになって、初めてこの器械を使う意味が出てくるのです。この点を十分に認識して、マイクロホンをしっかり口の前にかまえ、小声でよいから、ゆっくり、はっきり話す練習に使っていただきたいと考えています。近い将来、この器械のマイクロホンの改良や、さらには電話器との接続、あるいは女性の場合に少しでも声の高さを高めるシステムの開発などへ進んで行くことが期待されています。


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