第13回 食道発声がうまく行かない場合 ― なぜ声がでないのか


(1)食道に空気が入らない
すでにお話しましたように、食道発声も普通の発声と同じように空気の流れを音源の部分で断続して、丁度、管楽器のような理屈で音を作っています。つまり、音源となる食道の入り口付近の粘膜が空気の流れで振動して、結果的に気流を断続していることになります。
  従って食道発声が成立するためには、とにかく下方すなわち食道から空気が送り出される必要があり、さらにその前提条件としては、一旦食道内に空気を取り込まなければ話になりません。食道発声がうまく行かない最大の原因は、空気がうまく食道に入らない、ということにつきるでしょう。よく例え話として、弾丸をこめなくては鉄砲が撃てないといいますが、まず食道に空気を入れなければ、次の段階が成り立たないわけです。


多くの場合、食道に空気が入らないのは、空気を吸い込む瞬間に食道の入り口が十分に弛まないためと考えられます。
空気の取り入れ方としては吸引法と注入法が代表的なものであると前にも述べましたが、いずれの場合も気管孔からの吸気、つまり肺に息を吸い込むのと同時に食道への取り込みを行うのが鉄則です。


吸気の瞬間、肩や頸の力を抜いて食道の入り口をリラックスさせると、吸気に伴って胸郭内が陰圧になるため空気は食道へ入っていきます。この時、前にも述べたように、無意識かも知れませんが、口の中で舌をあおるような動きがみられることもあります。また、食道発声熟練者に話を聞くと、鼻から息を啜りこむような感じで口の中や咽頭内の空気を食道に吸い込むようにしていると言う人もいます。口腔内の空気に圧力をかけて食道内へ押し込もうとうする注入法の場合でも、食道の入り口が十分に弛むことが必要で、弛みが不十分であると注入の際、グウーッという"押し込みノイズ"が聞こえてしまします。

 

稀な例ですが、空気を食道にとり入れようとしても、喉頭全摘のあとに残っている筋肉が強く収縮して、食道の入り口が開かない場合もあることが知られています。このような疑いがあれば主治医と相談して、X線検査などで調べてもらうとよいでしょう。


とにかく、喉頭がある場合と違って、口や咽頭にあるものはすべて安全に(つまり息をする方に入って窒息してしまう心配なしに)食道に入って行くのですから、手術前とは発想を転換して、口から食道への取り込みを行うようにすべきです。


初心者に勧められる「お茶のみ法」は、飲み込む瞬間に食道入口部が弛むことを利用して、その部分をお茶が通過する感じをつかみ、さらに空気が流れ込んでいく感じを覚えてもらう狙いがあります。但し、飲み込み時には息が一旦止まるので、吸引との併用は無理となります。ですから、「お茶のみ法」は、あくまでごく初期の段階で使うもので、早くそこから卒業する必要があります。

 

(2)空気を出そうとしても声にならない
食道からの空気を、今度は腹圧をかけて出そうとすると声になるはずですが、その瞬間には食道入口部がある程度狭くなっている必要があり、また粘膜が振動できるほど柔らかくないと音がでません。この時少し「のど」の部分に軽く力を入れますが、あまり頸部に力が入り過ぎると、却って振動は起こり難くなります。

 

食道再建手術後などの場合には入口部が開き放しのこともあるので、指で前頸部を軽く押さえる必要があるのが通例です。また、発声努力については、余り大きい声を出そうとすると余計な力が入って音が汚くなるので、むしろ軽く発声し、ビバボイスなどを活用して音量を増すのが効率的です。

 

以上のことは理屈だけでは身につかず、やはり自分で体得すべきものでしょう。


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