第12回 呼吸と過呼吸(過換気)症候群


呼吸は人間が生きていく上で不可欠な機能で、本来ガス交換すなわち空気中の酸素を取り込み炭酸ガス(二酸化炭素)を排出することを目的としています。そのための動作として換気、つまり空気の出し入れが行われます。実際には吸気と呼気が繰り返されるのですが、これは呼吸中枢の制御のもとに無意識のうちに行われ、眠っている間も途切れることはありません。


吸気は吸気筋の収縮によって起こる、いわば積極的な動作です。吸気時には横隔膜や外肋間筋をはじめとする吸気筋が活動して胸郭内の容積を拡大します。その結果、胸郭内の圧は陰圧、すなわち外界より低くなって外の空気が肺に吸い込まれていきます。


空気が肺に入ると胸郭および肺は風船に空気を入れたようになり、内部の圧力が高まった状態となります。ここで吸気筋の活動が止むと、丁度風船がしぼむように空気が今度は外に出て行く、すなわち呼気が始まります。つまり呼気の最初はいわば自動的なもので、拡大した肺や胸郭が弾力でもとの形に戻ろうとする力(弾性復元力)によって開始されるのです。だんだん肺の中の空気が出て行くと肺内の圧が外界と同じになり、そこからは内肋間筋や腹筋などの呼気筋が働いて肺内の空気を絞り出す形となります。呼気に際して横隔膜は弛み、さらに腹筋の活動で腹圧が高まることによって押し上げられて肺内の空気を押し出すのです。

 

横隔膜主体の呼吸を腹式呼吸といい、胸郭そのものの拡大・縮小を主体とする呼吸様式を胸式呼吸といいます。喉頭が有る状態で発声しようとすると、吸気に引き続いて発声が始まりますが、この時吸気筋が急に弛むといっぺんに呼気が出てしまうので、しばらくの間は吸気筋がある程度収縮を続けた状態を保ち呼気を少しずつ出すようにして発声していきます。


喉摘後の食道発声では、以前も述べたように食道内に空気を取り入れてこれを呼出するときに発声するわけですが、気管孔からの吸気に合わせて空気の取り入れを行い、すぐに発声動作に移るのが理想です。この時食道内の空気を押し出すわけで積極的な呼気動作が必要となり、その場合には腹式呼吸主体の呼気動作が望ましいと考えられます。


腹式呼吸を行うと、副交感神経優位の状態となり、内臓運動が高まって血中酸素濃度が上がり、緊張がとれてくるといわれます。また咳が出にくくなることも指摘されています。歌手が歌うときも腹式呼吸を中心にするようにつとめるといわれます。


換気を余り頻繁に行うと、血中の炭酸ガスの排出が過剰となり血液がアルカリ性に傾いて、いわゆる代謝性アルカローシスの状態となります。このような状態では血中のカルシュウムの減少、細胞内カリウムの減少などが起こり、目がまわる、手足がしびれる、動悸がする、などの症状が起こります。これを過呼吸(換気)症候群といい、女子学生が無意識のうちに過換気を行って集団で倒れるようなことが知られています。


食道発声では何度も空気を取り入れようと努力する結果、過換気状態となり、ひどく疲れた感じや手足のしびれを起こすことがあるので、注意が必要です。従来、このような状態になったときは気管孔に紙袋をあて、自分の吐いた空気をもう一度吸うようにすると、炭酸ガスの再吸入ができて症状を軽くすることができるといわれていました(ペーパーバック法)。しかし最近になって、あまりピッタリ紙袋を当てたりすると、急激に炭酸ガス濃度が上がって窒息する怖れがあることが指摘され、この方法は勧められないといわれるようになりました。現在では、呼吸の速さと深さを自分で意識的に調整することが最も大切で、万一発作が起きた場合は、ゆっくりと深呼吸をさせ(「吸う:吐く」が1:2になるくらいの割合で呼吸させる。一呼吸に10秒くらいかけて、少しずつ息を吐く。また息を吐く前に1~2秒くらい息を止める、などがよい)、大丈夫だ、安心しなさいと、落ち着かせることが重要だ、と考えられています。


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