第11回 食道発声で声が出る仕組み


前回、声帯の部分での発声の仕組みについて述べましたが、食道発声でも空気の流れを使う管楽器としての仕組みを新たに獲得することが基本となります。


食道発声の場合、前にも説明した空気の取り込み法によって、まず食道の中に空気を取り込むことが第一歩となります。繰り返しになるかも知れませんが、この時、あまり大量の空気を入れる必要はなく、また深いところ、つまり胃の中まで飲み込んではいけません。少量の空気を鼻や口からすすり込む感じで食道に送り、つぎの瞬間、腹圧をかけるようにしてこれを呼出して声を出すようにします。具体的には呼出にあわせて頸の部分に少し力をいれるようにするのです。すると、単純喉摘の場合は食道入口部に残っている筋肉(もともとは喉頭の軟骨と咽頭の間をつないでいた筋)が緊張して食道入口部すなわち新声門(仮声門といってもよい)が狭くなります。その結果、この狭いところを食道からの空気が急速に通過することになり、その部分の内壁を覆っている粘膜がちょうど声帯粘膜と同じようにベルヌーイ効果で内側に引き込まれて入口部を閉じます。次の瞬間、下からの圧でこの部分が押し開けられ、空気が流れでます。その結果、新声門部の開閉の繰り返し、すなわち振動が起こり管楽器のリードにあたる効果が起こって音、つまり食道音声が成立するのです。


もし単純喉摘でなく、食道再建手術を受けていると、食道入口部の筋肉は消失していることが多く、声を出そうとするとき新声門を適当に狭くすることが難しくなります。このような場合には、声を出すために空気を上に送るのに合わせて、手の指で頸の適当な部分を押さえて新声門を狭くするようにします。もちろんひとによっては、指で押さえなくても声を出すことができますが、練習の始めには頸を押さえる方が楽なことが多いと思われます。どこを指で押さえると効果的に声がでるのか、いろいろ試してみることが大切です。 


いずれにしても、空気の流れによって速い速度で新声門を開閉させる、つまり振動を起こさせるためには新声門の部分の粘膜が柔らかく、動きやすいことが望ましいのです。しかし、もともと食道入口部の粘膜は声帯縁の粘膜に比べれば分厚く、振動しにくいわけですので、食道内の空気を呼出するときにはかなり力が必要で、とくに練習中には腹圧をかけるという意識を持つことが要求されます。このようにして声が出ても、振動部分の質量が手術前に声を出していた声帯の縁の部分の質量に比べれば大きいので声は低めとなり、振動そのものもかなり不規則となるために多少雑音を含んだように聴こえるのです。女性の場合も同じメカニズムで音が出るので、声の高さの男女差はあまりありません。また、大きい声を出すことはなかなか難しいということも事実です。


声の高さや大きさ(強さ)の調節については、いずれあらためて述べることにしますが、まずは食道の中に空気を取り込んで、それをすぐに呼出して音を作ることを身につけていくことが肝要で、そのためには基本となる単母音(原音)や長母音の練習を続けていかなければなりません。


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