第10回 声の出る仕組みについて


食道発声についてさらに話しを続けていく前に、まず喉頭がある状態、つまり手術の前にはどのようにして声がでていたかについて述べておきます。ここで「声」というのは声帯のところで出る音(英語のvoice)のことで、これは話しことば(英語ではspeechにあたる)と同じではありません。話しことばは、声帯のところで作られた音が、口の中の舌や軟口蓋、さらには唇の働きでことばとしての音色をもつようになったものです。喉摘後でも通常は舌や唇の働きには変化がありませんので、声帯で出される音に代わって食道発声を獲得すれば話せるようになるはずです。


さて、声帯での発声について、第3回に述べたこととある程度重複しますがもう一度整理してみます。声を出す時には左右の声帯が喉頭の筋肉の働きで中央に寄ってきます(声帯の内転)。同時に肺からは息を吐こうとする運動、すなわち呼気が起こります。左右の声帯の間の隙間を声門といいますが、そこに肺から気管を通って呼気が昇ってくると、声帯の内転によって狭くなった声門を呼気がすり抜けるようにして上方、つまり口の方に流れ出ます。すると呼気が狭いところを流れ出るため声帯は内側に引き込まれて(ベルヌーイの法則によるものです)声門が完全に閉じ、呼気の流れは一旦止まります。しかし肺からの呼気の圧力が高まってくると、声門は押し広げられ、ふたたび呼気が声門から流れ出ます。そうなると、また声帯が内側に引き込まれ声門が閉じることになり、結局声門が、頻回に繰り返し開閉してその都度少量の空気が出ていきます。このように声門が素早く繰り返し開閉する現象が声帯振動と呼ばれるわけです。こうした声帯振動によって声門のすぐ上のところで空気の密度に濃淡ができ、これがまわりの空気を振動させ音波が発生するということになります。ハモニカをはじめリードを持つ管楽器を吹く時には、その楽器のリードを、吹く息で開閉させてまわりの空気を振動させていますが、これと同じように、喉頭は声帯をリードとする管楽器ということになります。

 

声帯が規則的に振動してよい声がでるためには、左右の声帯が十分中央に寄ること、声帯が柔らかく弾力に富むこと、とくに振動する縁の部分が滑らかで湿っていることなどが重要です。ここで作られる音の性質としては、一秒間に何回声帯が振動するかによって声の高さが決まり(振動数が多いと声が高くなります)、また出てくる音波の振幅(ふれ幅)が声の強さに相当します。また音波の性質(波の形や雑音の混じり方)によって声の音色が左右されます。

 

このように、通常の発声あるいはこれから述べていく食道発声のいずれについても、声をつくるためには空気の流れが必要であり、また音源となるような場所(声帯がある場合は声門、食道発声では仮声門)があり、そこでかなり規則的な振動が起こらなければならない、という大原則があるのです。このような振動が起こるためには音源の部分が必要に応じて狭くなり、しかもその壁の部分が十分柔らかく、あまり分厚くない方が望ましいといえましょう(分厚いと振動部分の質量が大きくなるわけで振動しにくくなります)。声門と仮声門とではいろいろ性質が違いますが、これらについてはいずれ述べる予定です。


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