第9回 食道形成手術について


今回は最近多くなっている食道形成手術について解説したいと思います。

 

喉頭がんの治療のために喉頭が摘出されることについては以前に述べましたが、最近では喉頭に隣接する下咽頭・食道入口部付近のがんに対する手術が積極的に行われるようになり、その際喉頭も同時に摘出せざるをえないという症例が急増しています。このような手術は喉頭だけをとる単純喉摘に対し、咽・喉頭食道摘出術(咽喉食摘)とよばれます。この手術が行われると呼吸については単純喉摘と同様に気管孔を作るだけでよいのですが、食事が通る路については食道の一番上の部分から下咽頭にかけての管構造がなくなってしまうために、ここに"管"を作り直さなくてはなりません。これが食道形成とよばれるものですが、実際には下咽頭の一部も作っているわけです。


この部分に管を作るために最も効率的なのは、始めから管構造のあるものを移植することです。この目的に最近では本人の空腸(小腸の胃に近い方)の一部が好んで用いられます。この場合、単に空腸を切り取って頸の部分に持って来ただけでは組織への酸素や栄養の供給が悪く、植えた空腸が生き延びることはできません。そこで空腸についている血管を同時に持って来て、頸部の血管とつなげる(吻合といいます)ことが必要です。この血管吻合のテクニックの進歩があって、空腸の移植が可能となったのです。

 

管を作るためには、このほか胃にメスをいれて管状にした後、これを上方に引き上げて咽頭とつなぐ"胃の吊り上げ手術"も行われます。さらに以前からあった方法として肩や背中の皮膚をはがして皮膚管をつくり、これを植えつける皮弁形成も行われることがあります。


これらの手術の最大の目的は、術後に口からの食事が支障なくできることにあります。一方、術後の発声について考えると、単純喉摘の場合に音源をつくる場所として最も重要な下咽頭から食道にかけての構造が、喉頭と一緒にとられてしまうので、通常の食道発声獲得には不利な条件となると考えられます。具体的にいうと、(1)空気の取り込みが困難な例があることがあげられます。とくに空腸移植例では一般に内腔が狭く、また手術直後では移植された腸の動き(蠕動)があって空気が入りにくいこともあります。(2)すべての型の手術について、発声時に音源となる部分を意識的に狭くすることが難しいために、頸部を手指で押さえないと音が出にくいことがあります。


しかしこれらの問題点も、術後日が経つにつれて克服されていく例が多く、食道発声訓練がこのような手術の後でも有効なことが注目されています。実際問題として、現在銀鈴会の新入会員の半数がなんらかの形で食道形成手術を受けた方々で占められているのです。これらの方の声の再獲得の状況は単純喉摘例に比して必ずしも劣っているとはいえません。そればかりか、最近の発声コンテストにおいて、食道形成を受けた方が優勝するという例も少なくないという結果が出ています。食道形成手術後の発声訓練への取り組みは、今後の日喉連における大きな課題の一つとなるものと考えられます。


 第08回 食道発声の習得状況について     第10回 声の出る仕組みについて