第4回 喉頭摘出後の問題点


前回述べたような働きを持つ喉頭が手術によって失われた場合、どのような変化が起こり、日常生活にどのような問題を来すのか考えてみたいと思います。

 

喉頭が失われた時の基本的な変化は、これを一口でまとめると「呼吸の通路と飲食の通路の分離」および、これとも直接関係しますが、「発声機構の喪失」ということになります。  

 

典型的な喉頭摘出手術に際しては、上方では喉頭を咽頭から切り離したあと、その境界部を縫い合わせて咽頭と食道を直接つなぎ、下方では喉頭を気管から切り離したのち、気管の上端を頸部に縫い付けて気管孔を作ります。これによって呼吸路は気管孔から気管を経て直接肺につながりますし、飲食物の通路は口、咽頭から直接食道につながり胃に向かいます。別のいい方をすれば、手術前には鼻や口から入った空気が喉頭、気管を通って肺に向かったのに、手術後は"気管孔呼吸者"となって鼻や口から呼吸のための空気の出入りがなくなるわけです。その代わり、口に入ったものが息をする通路に迷入してしまうことは一切ありません。

 

健常者が行なうような鼻呼吸ができなくなると、まずにおいの感覚(嗅覚)がなくなります。これは空気中の臭素が鼻の中の嗅細胞に届かなくなるからです。もちろん嗅細胞は生きていますから、いずれ解説する食道発声で鼻を通して空気を取り込むようになるとにおいも少しずつ回復してくるものです。


鼻からの呼吸では、吸った空気に適当な湿度や温度が与えられ、また鼻内で塵埃をせき止めるようにしていますが、気管孔呼吸ではこれらの働きが失われます。これらの問題をある程度解決するのが、気管孔の前にあてるプロテクターといえましょう。

 

一方、喉頭レベルでは前回述べた息こらえによって排便時のいきみや上肢の運動を支えなどを行なっていましたが、これができなくなります。また、咳をする際に一旦喉頭を強く閉めるようなことも不可能となり、咳をする際には気管孔を指でふさぐ必要が出てきます。

 

食事あるいは消化器系のことについて考えると、口の中を息が通らないので、熱いものを吹いて冷ますこと、麺類などをすすり込むこと、というような術前当たり前のようにしていた動作が難しくなります。喉摘者の多くの方が熱いもの、辛いものが苦手となるようです。また嗅覚が落ちると味覚にも障害が起こるものです。さらにいきむのが困難で便秘が起こったり、食道発声練習の初期には空気を飲み込んでガス(放屁)が増えたりという訴えもきかれます。

 

いきみができないため、重いものを手で持ち上げるのが難しくなるという訴えもあり、またとくに頸部の手術を喉頭摘出と同時に受けた場合には、その部分の神経や筋の傷害が起こって腕や肩の運動制限や肩こりがみられる例も少なくありません。


これらの問題よりさらに重大なのが発声機構の喪失で、これは音を出す源であった声帯部分を含む喉頭そのものの消失が最大の要因ですが、肺から上がってくる呼気がすべて気管孔からでていき術前のように発声に使われ難いということも、今後解説していく代用音声の成立とからんで無視することのできない点であると思われます。


第03回 喉頭の構造と機能   第 05回 喉頭癌術後のQOLと声のリハビリテーション