第5回 喉頭がん術後のQOLと声のリハビリテーション


現代の医療における非常に重要な概念としてQOLという表現がよく使われるようになっています。QOLというのは"Quality of Life"の略で、1960年頃に英国で初めて使われ、1980年代から世界的に広がってきたことばです。わが国ではこれを直訳して"生命の価値"などといわれることが多いのですが、むしろ"生きがい"とか"人生の中身"という方が当たっているのではないかと思っています。いずれにしても現代の医学の目的は、単に病気を治すということだけでなく、その後の全人的あるいは前人格的な面についての配慮まで念頭においていくべきであるということになると考えられます。もっと具体的にいえば、例えば喉頭癌の手術後に、"日常生活における活動性"を取り戻し、さらに"精神的な満足度"を高めることが求められるといえましょう。


しかし別の見方をすると、そうした生きがいや人生の中身という意味でのQOLは、本来患者さん本人が決めるもので、個人差も大きいということができるのです。上にあげた精神的満足度ということについて或る人の表現を借りると、

(1)これなら生きていけるぞという感じ、あるいは気持ちの良さ、

(2)今日はこれを片付けてやろうという意欲、

(3)またあしたが来る、あしたは何をしようという希望などから成り立っているもので、これが日常生活における活動性につながっていくと思われます。

 

こういう満足度や活動性をもつ、すなわちQOLを高めるように患者さんを支えていくためには周辺の人が役割り分担をする必要があると思われますが、その比率としては3割を家族、3割を医療関係者、3割を友人やボランティアが担うのが適切といわれており、最後に挙げた友人、ボランティアの代表が日喉連の各団体そのものであると考えられます。因みに残りの1割には宗教的なものなどが含まれると考えられますが、これにも個人差があるでしょう。 

 

上に述べたような支えのもとに患者さん自身がQOLを決めていくとき、大切なのはやはり精神的なものです。最近ではとくに心と身体の結びつきが注目されており、がんの領域でも"がんの精神医学(psychooncology)"という考えが導入されつつあります。このような領域の研究では、たとえば前向きな気持ちを持つことによって脳内の視床下部の活動が高まり、これが骨髄や胸腺に作用して結果的に身体の免疫機能を高めるという報告もあります。一般的にいうと、日喉連がめざす術後の食道発声の獲得にはどうも外向的、楽天的、積極的な性質を持つ人の方が良い結果を示しているようで、前向きでしかもリラックスした生き方、ある程度気ままな生き方が良いようです。リラックスすると血中の血管拡張物質が増え血圧が下がるともいわれており、同時に食道の入口部も弛んで発声のため必要な食道への空気の取り込みが楽になるということもあるようです。

 

こうした気持ちで声のリハビリテーションを続けていくことが肝要で、日喉連各団体の仲間の輪の中で積極的に新しい声の獲得をめざしていっていただきたいものです。



  第04回 喉頭摘出後の問題点    第06回 食道と食道発声