第17回 話す速度について


食道発声の練習の際、指導員の方から"ゆっくり話すように"と注意を受けることが少なくないと思います。ゆっくり話せば空気の取り入れも確実になり、話の明瞭度も向上しますので、これは非常に重要なアドバイスです。


それでは、「話す速さ」というのは具体的にどういうことなのでしょうか。日本語であれば文をカナ文字に分解できますので、話す速さを、1秒間に何文字話すか、というような計算で表すことができます。かなり以前の研究(当時の電気通信研究所-現在のNTTの前身-における研究)によれば、健常人の場合、(1)普通の速さとは、1秒間あたり6~7文字(さくらなみき、てんきよほう、ぎんれいかい、しんたいけんさ、など)を一口でいうことに相当するとされています。これに対し、(2)早口とは、1秒間あたり9~10文字(にほんばしたかしまや、きょういくいいんかい、こうにんかいけいし、など)を一口でいうことです。勿論、テレビのキャスターなどでは、もっと早い人もいます。一方、(3)遅口では、1秒間に5文字弱(あまがえる、おきてがみ、よこはまし、など)といわれています。


英語では、文字に分解するのが難しいために、1秒間の単語数や、1分間の単語数で表すことが行われており、アメリカ人のデータでは普通の速さで1秒間に2単語くらい、1分間に120語くらいとされています。


ただ、実際の会話や演説の場合、速く話そうとすると何が変化するかというと、単語の中で各音の長さや音と音との間隔がつまるということではなく、主として単語と単語の間の"間(ま)"、英語でいうとポーズが縮まってくるのです。逆にゆっくり話すという場合には、この"間(ま)"が延びてきます。ラジオの朗読や舞台の台詞でも、この"間"の取り方が話しの上手さに関係してくることがしばしば実感されるところです。なお、日本語の一つひとつの語音は、音声学的にいうと、子音+母音の形(例えば「カ」という音なら、[k]という子音の後に、[a]という母音が付く)となっています。それを組み合わせたものが単語となるのですが、単語をゆっくり話そうとすると、母音の部分の長さだけが少し延長する傾向にあるようです。実際に話し方の時間的変化を測定してみると、速く、あるいは遅く話そうとする際、単語の長さは1割程度しか変化しないのに、単語間の"間"の長さは6~7割も変わってくるのです。


食道発声の場合はとくに他人に聞き取ってもらうように明瞭度を高める必要があり、十分に"間"を取って話すことが望まれます。その場合、空気の取り入れは素早い吸引で行い、浅く吸って直ぐ発声に移るのですが、ことばを出す動作そのものはゆっくりすることが肝要で、さらに単語と単語の間に十分な"間"をとる気持がなくてはなりません。アメリカのデータでは、0.5秒空気を取り込んで、その空気で4語程度話す(たとえば、I love my wifeとか、I went to churchとか)ことを勧めています(アメリカの健常者では続けて12語くらい話すのが普通です)。日本語の場合、初級から中級での練習では上にも述べたように一息吸引して4~5文字程度をはっきり、ゆっくり話し、さらに吸引して次を話すということをまず身につけるのがよいと思われます。いずれにしても、食道内の空気が少ないから速く話してしまおうというようなやり方は、絶対に禁物であるといえましょう。


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