第2回 手術後の心構え総論


日本喉摘者団体連合会(日喉連)の各団体の会員の方は原則として喉頭全摘術という大きな手術を経験して来られました。なお、いずれ詳しく述べたいと思いますが、最近では喉頭の後側にある下咽頭部(食道の入り口といってもよい)のがんに対しても喉頭全摘を含むさらに広範囲の手術が行なわれることが多く、会員の方にはこのような手術を受けられた方の数が増加しつつある現状です。また、がんという病気の性質から、頸部のリンパ節への波及(転移)の怖れがある場合には、手術の範囲はさらに大きくなることがあります(医学的にいうと頸部郭清術という手技が追加されることになるのです)。


このように、同じように喉頭摘出者(喉摘者)であっても、ひとによって手術の範囲、すなわち身体組織への傷害(ダメージ)の程度に違いが出てくるのです。それぞれの場合によって術後の不便さなどに、ある程度の差が生じますが、ここでは個々の問題は後回しにして総論的に手術後の心構えあるいは生活方針についてお話してみたいと思います。


最初に、お亡くなりになるまで日喉連の顧問であられた前大阪成人病センター名誉院長、佐藤武男先生が書かれたものを引用します。それは、"ひとはあらゆる力を尽くして長寿を果たし、たとえ少しずつ呆けても、その生命の灯が消えるまで生きぬくべきである"というものです。佐藤先生は日本人の寿命120歳説を唱えておられましたが、それはそれとして、病気あるいは手術を人生の一つのエピソードとして乗り越えて行っていただきたいというのがわれわれ医師の願いでもあります。慶応大学の近藤医師などは、“患者よガンと闘うな”というようなメッセージを発信しておられますが、やはり手術という手段によってがんに立ち向かった以上、日喉連各団体の会員の方はその態度を貫いて、がんの克服と術後の人生の確立に進んでいただきたいと、私は考えます。

 

具体的には、まず自分の病気の本質を知り、少なくとも術後数年は主治医と緊密な連絡をとりながら定期検診を続けて下さい。喉頭がんは比較的治りやすいがんで治療後の5年生存率は80%以上といわれ、会員にも多くの長寿者がおられますが、やはり術後しばらくは慎重な観察が大切です。さらに自分自身が自らの主治医であるという意識をもって自己管理を行なうことも重要です。そして一日一日、その日の生きる目標を作りながら、病気と共存する自己訓練に励んでいただきたいのです。これからこのシリーズで順次お話する術後の新しい声の獲得への挑戦などは、こうした目標として格好のものになるでしょう。そのような過程において、日喉連各団体の教室は同じような立場の方と交流できる貴重な機会を与えるものと考えています。

 

関東・甲信越地区の喉摘者団体会員を対象とした最近のアンケート調査(白川陽子:音声言語医学,2013)では、次のようなことが指摘されています。それは(1)多くの会員は手術後の自分の身体条件に適応していこうとする努力を重ね、(2)趣味など自分のやりたいことに充実感を感じながら、(3)やはり人目を気にしながらそれと折り合いをつけて過ごしている、ということでした。さらに発声教室の仲間と共に頑張ることの有り難さを感じていることも伺える結果でした。

 

手術を受けられるまでは、喉頭がどのようなもので、それが無くなるとどのような不便が起こるかというようなことは想像もつかなかった方が少なくないと思われます。このシリーズでは、喉頭の本来の働きや、喉摘後の不便さについても解説していきたいと考えています。


第01回 喉頭がんについて  |  第03回 喉頭の構造と機能