第1回 喉頭がんについて


喉頭全摘は喉頭がんに対する最終的選択としての手術です。最近では、いずれテーマとして取り上げたい下咽頭がん治療のために咽頭・喉頭・食道摘出術(いわゆる咽喉食摘)が広く行なわれるようになり、喉頭がんに限らず喉頭全摘が適用されることがあるわけですが、まずは喉頭がんの疫学(えきがく:疫というのはもともと伝染病をさすことばで、そのことから病気の起こり方、あらわれ方を主として統計学的に調べる学問領域を疫学というようになりました)について述べることにします。なお、この項については、次にあげる資料を参考にしています(吉野邦俊:喉頭癌の疫学・臨床統計.JOHNS 18:723-734, 2002、佐藤克郎:頭頸部癌の診断と治療.新潟県医師会報 718:2-7, 2010、国立がん研究センター:がん情報サービス:2013年版、WHO死亡統計:2004年版)。

 

わが国における喉頭がんの頻度は、大体年間3,000例台です。実数でいうと、2005年の統計では男性:3,903例、女性:214例となっており、この年の男女比は、従来いわれている10対1上になります。人口10万人に対する発症率(罹患率)は男女あわせて3.4人で、これはがん全体の0.6%にあたります。なお頭頸部のがんに限ると、その中で喉頭がんが占める割合は、新潟大学耳鼻咽喉科の統計(1991年~2007年)では1,033例中235例(22.8%)、日本全体の統計(2005年)では23.8%となっています。因みに、わが国における死亡原因統計(2009年)によれば、喉頭がんによる死亡者実数は男性で903人、女性で79人でした。この結果について別の見かたをすると、喉頭がんで亡くなった人の比率は男で10万人中1.5人、女で0.1人となります。次にこの比率を他の部位のがん死亡率(10万人当たりの死亡者数)と比較すると、喉頭がんで亡くなる人は男性の場合肺がん(79.9人)や、胃がん(53.4人)より遥かに低く、また女性では大腸がん(30.8人)や肺がん(28.8人)より非常に低いということができます。

 

一方、世界的にみると喉頭癌はラテン系(南欧、南米)に多く、例えばフランス、スペイン、イタリアでは男性の場合日本の5倍以上の罹患率です。また女性については、とくに2000年以降、日本では喉頭がん死亡者が減少しているのに、ラテン系諸国ではむしろ逆に増加傾向を示しています。なお北欧では喉頭がん死亡率が低いことも報告されています。がんの発症には社会全体としての高齢化が関係しており、わが国については2015年の喉頭がん患者数が4,600人に達するという予測もあります。

 

ところで最初のところでも述べたように、最近、喉頭全摘手術を必要とする疾患として下咽頭がんが注目されています。以前は、下咽頭がんの予後は悪く手術治療が積極的に行われにくい状況にありました。しかし近年では診療技術の進歩の結果、積極的に下咽頭・喉頭を摘出して同時に食道再建手術を行う例が増加しており、日喉連の会員にもそのような手術を受けた方が急増しています。下咽頭がんの頻度についていえば、上記の新潟大学の統計で1,033例中10.0%、頭頸部がん学会の統計では18.8%と、喉頭がんよりは低いものの、かなりの例数があります。しかも下咽頭がんの場合、女性患者の比が喉頭がんの場合に比べて高いことも知られています。

 

喉頭がんの発生には喫煙の影響が非常に大きいと考えられており、死因の面からみた統計では喉頭がんの死因に喫煙がどの程度関係するかという"寄与危険度"で、96%と、すべてのがんの中で最も高いとされています。この点は今後の国民衛生を考える上で重要な問題といえるでしょう。また声帯より上方に生じる喉頭がんではアルコールの影響も大きいとされており、フランス、スペインなどではこのタイプのがんがとくに多いことが知られています。

 

喉頭がんの治療はがんの発生部位、発見の時期やがんの拡がりの程度、がん細胞の性質などによって決められていきますが、初期のものでは放射線療法、抗がん剤療法(いわゆる化学療法)、レーザー治療(レーザー光線による組織の焼灼)、喉頭の部分切除などを、単独あるいは組み合わせて行なうのが通例です。しかし、いわゆる進行がんや、手術以外の方法で見かけ上一旦治癒した後に再発した症例などでは、喉頭全摘が選択されることが少なくなく、全体の症例の約1/10程度がその対象となると考えられます。


第02回 手術後の心構え総論