第22回 食道発声以外の代用音声について


喉摘手術を受けて声を失った場合、もっとも必要なのは、どのような手段であっても新しい声を獲得することであると思います。これまで述べてきた食道発声は、その代表的なもので、戦後日本の各地で設立され、現在日喉連の傘下にある各団体でも、食道発声の習得に力が注がれているところです。


しかし、いろいろな理由で食道発声の獲得が理想通りにならない場合あります。とくに最近ではかなり高齢になってから喉摘手術を受ける方も少なくなく、このような方では、発声訓練にある程度限界があるのも事実です。しかし、多くの方がすでにご存じのように、食道発声以外にも声を出す方法は幾つかあるのです。それは大きく、器械を使う方法と使わない方法に分かれます。


器械を使う方法として、昔はかなり広く採用されていたのが笛式人工喉頭です。これは管状の笛の"吹き口"を気管孔に当てて呼気流で管の内部の笛を鳴らし、管の先端を口の中に入れて笛の音を導きながら発音するものです。笛の部分は当初ゴム膜を張って作りましたが、その後薄い金属片(単一リード)で音を出すようになりました。なかなか良い声で話ができ、今でもごく少数の方がこれを使っていますが、口の中に笛の先端を差し込んだまま会話するのが不自然に見えたり、あるいは器具の清潔度に問題がないとはいえない、などの理由でだんだん廃れてきたのも事実です。


現在、身障者の補助器具の一種として最も広く使われている器械が電気式人工喉頭(electrolarynx:EL)です。これは筒状の器械の内部の電池でブザー音を駆動し、器械先端の振動部分を顎の下あたりの皮膚面に当てて、その音を咽頭・口の内部に誘導しながら発音するものです。器械の外側のボタンを押せば音が出るので、押したり離したりのタイミングを練習し、しっかり皮膚面に当てることに注意すれば、比較的わずかな練習で話せるようになります。例えば銀鈴会では、近年EL教室が盛んとなり、かなり高齢になった方でもELを使って日常生活を送れるようになっています。


さて、器械を使わない方式として、最近の世界的に普及しつつあるのがシャント発声です。これは、食道形成後の例も含めて喉頭摘出後に気管孔の後側の壁から食道に細い通路(シャント)を作り、発声する時には肺からの呼気を食道側に送って発声する方式(シャント発声)で、わが国でも徐々にこの方式が広まってきています。具体的には、多くの例で術後しばらく経ってからシャントを作り、そこに市販のチューブをはめ込んで通路を確保するような方式がとられています。発声する時には指などで気管孔を塞ぎ、呼気がシャントを通って食道(咽頭)側に入るようにします。そしてこの呼気を使って発声するのです。従って、この方式でも、発声が起こる場所は食道発声者と同じで、食道入口部に近い新声門です。シャント発声の利点としては、肺の空気を使って発声するため、空気を食道に取り込む練習をしなくて済むこと、一度に発声に使える空気の量が多いことなどがあげられています。一方、欠点としてはシャントに入れるチューブを、病院で時々交換しなくてはならず、手間と費用がかかること、また毎日その部分を清掃する習慣をつける必要があることなどです。さらに、稀にはチューブの周辺の粘膜に炎症などの変化が起こったり、チューブから気管孔側に逆流が起こった例も報告されています。

 

これまで述べて来た食道発声以外の発声法は、いずれも食道発声と併用できるものです。いずれにしても、どの方式を主にして手術後のコミュニケーションを図っていくかは、本人がいろいろと試し、努力しながら決めていくものです。もちろん、その過程で主治医や指導員はじめ、多くの人の意見や経験を聞くことも重要ですが、結局は自分が決断することであると思います。どの方法も術前の発声法とは異なっているもので、なかなか満足できないかも知れません。しかし、決してあきらめずに新しい声の獲得に向かって行って頂きたいと考えています。


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