第6回 食道と食道発声


食道発声の話を始める前に、まず食道とはどのようなものかについて述べてみます。 食道とは、口から咽頭を通った食事や水分が胃に到達するための通路で、管状の器官です。管の本体は2層の筋肉でできており、その内側は粘膜で覆われています。食道は頸部では気管の後壁に沿って下方に向かい、胸の中では気管と脊椎の間の縦隔という部分をさらに下方に進んだあと、横隔膜を貫いて胃に達します。食道の長さは約25cmで、通常は親指程度の太さといえましょう。


食道の本体が弾力に富んだ筋肉から出来ているので食道はかなり膨らむことができます。蛇が大きな蛙を飲み込む話がありますが、これも食道の弾力性のため可能となることです。食道内腔は通常閉じていますが、食事などが通る時に適宜拡張するのです。食道の入口にはその部分を閉めるような筋肉があるためもあって通常は空気が入りにくい構造となっています。この筋肉はものを飲み込む時には一旦弛んで食道の入口が開きます。

 

さて食道発声とは、本来空気の入りにくい食道に空気を取り込み、これを随意的に吐き出すとき食道の入口付近の粘膜を振動させ、ちょうど「第3回喉頭の構造と機能」で述べたような声帯振動と同じ原理で、食道から出て行く空気を断続させて管楽器のような音を作る動作です。つまり、通常の発声と同じことですが、空気の流れがなくては音が出ませんし、また空気が流れ出る時に狭い場所で振動を起こすような構造がないと音は出ません。


そこで食道発声ができるようになるためには、まず食道の中に適当な量の空気を取り込む必要があり、またこの空気をかなりの力で吐き出す動作ができなくてはなりません。また、食道の入口の近くに空気流で振動するような構造がなくてはなりません。 まず、こうした食道への空気の取り込み、その吐き出しの練習をすることが食道発声獲得のための第一歩となります。通常の発声では肺の空気が使われますが、肺からの空気量、つまり肺活量は3,000~4,000mlあります。また安静呼吸で毎回出入りする空気量も500ml程度あり、発声時に使われる量を考えると、続けて話す時には1回 に1,000ml以上の空気が呼出されるのが普通です。このような量に比べて食道に入る空気の量はかなり限られており、個人差はあるものの多くても180ml以下、また食道発声で使われる量はせいぜい数mlから数十ml程度と考えられています。


要するにこの程度の空気を食道内に取り込むことができれば、食道発声の準備はできたものといえます。ここで“取り込み”とわざわざことわったのは、ものを“飲み込む”動作とは違うものであるべきだ、ということ強調したかったからです。この空気の取り込みの実際にはいくつかの方法があり、これについては項をあらためて述べたいと思います。



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